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【歴史/人物】 『晩年の秋山好古』
人生において大切なことは、
若くしては何をしようかということであり、
老いては何をしたかということである。




晩年の秋山好古
 『晩年の秋山好古』
 片上雅仁著,2007年3月(絶版)
 
 ★★★★







<目次>
①陸軍大将が校長に
②先進的な国際感覚と平等主義
③無言の教訓、無為の感化
④エラぶる姿無く
⑤不思議な魅力
⑥「責任はまったく校長にある」
⑦「生徒は兵隊ではない」
⑧松山高校の紛争を見事に調停
⑨運動競技を通じて品位を
⑩温泉、ヘボ碁、庭で晩酌


⑪徹底した合理主義・現実主義
⑫商売の論理
⑬「修身」でテント張りや野外炊事
⑭自主自立、自労自活
⑮若き日に「必ずしも艶聞なきにあらず」
⑯最後の力をふりしぼって
⑰自分の弱点を認め冷徹に
⑱同志たち(Ⅰ)人を動かす加藤恒忠
⑲同志たち(Ⅱ)紳商・新田長次郎
⑳銅像は見ている



NHKスペシャル大河ドラマ『坂の上の雲』が今年からついに始まりました。
『坂の上の雲』と言えば、日露戦争を描いた名著中の名著。
その主人公の一人である秋山好古について、晩年を描いた本を紹介します。

秋山好古は安政6年(1859年)に松山に武士の家に生まれ、明治維新により家計が逼迫する中、無料で勉強ができるということで陸軍に入隊。1905年の日露戦争では、機関砲を装備した騎兵旅団をもって当時世界最強と謳われたコサック騎兵団と互角の戦いを演じ、「日本騎兵の父」と呼ばれます。
そして陸軍参事官・陸軍大将・従二位勲一等功二級という肩書きを得ながら、晩年は地元の中学校校長として死の間際まで教育に務めました。

本書は、陸軍除隊後の松山での校長生活について、朝日新聞・愛媛版に連載されたものをまとめた一冊。現在は『続・晩年の秋山好古』と併せて『秋より高き 晩年の秋山好古と周辺の人々』として出版されているようです。


========


◎「あれは誰だい?」「あれが秋山大将だよ」

まず興味を引くのが好古の人間性。
「天地無死」(機会は誰にでも平等である)という言葉を掲げ、福沢諭吉を敬愛した好古は、たとえば『坂の上の雲』でも無私の人として描かれていました。
本書では具体的なエピソードによってそのことが裏付けられています。

たとえば、国家的重鎮である好古が校長職を迷わず引き受けたときの言葉。

「日本人は少しく地位を得て退職すれば遊んで恩給で食うことを考える。
それではいかん。俺でも役に立てば何でも奉公するよ」


ここに好古の、仕事、そして人生への姿勢がよく現れていると言えるでしょう。
他にも、北予中学での勤務態度や、学校を感化させる様子、生徒への向き合い方、スポーツの奨励と成果、そして私生活など、本書では様々なエピソードを通して好古の実像を浮き彫りにしています。

老好古
「自分の顔はアンコウという魚に似ている」(秋山好古)

中でも僕が気に入ったエピソードは「⑤不思議な魅力」です。

ここでは、ある青年教師が青年時代ゆえのスランプに陥り、何事にも手がつかず憂鬱な気分でいたとき、ふと秋山好古の家に訪ねたというもの。このとき好古は数種類のお茶を出し、ただお茶の説明をして、そして青年はそれのみで好古の家を辞します。
それだけのことなのに、「私は帰途についた。空には一片の雲もなく、月は煌々と輝いていた。私の心は一時間前とは打って変わって爽快さと充実感を覚えた。私は胸を張って帰宅し、ただちに机に向かって勉強を始めた」と、青年の心のわだかまりは霧散します。

理由なく憂鬱に陥るというのは誰でも経験したことがあると思いますが、大きな存在(友人でも親でも先生でも)によってストレスにも似た心の症状が快復することもまたあるでしょう。
そのような存在として好古に触れられたことに、この青年をうらやましく思います。



◎「皇軍腐敗・神州不滅」ではメシは食えない

さて、好古の実弟・秋山真之もそうですが、明治の人々は富国強兵に及んで定量的な評価を行っていたように思います。つまり、合理主義を貫いたということ。
日清・日露役の勝利の原因の1つに冷徹な合理主義・現実主義があることは間違いないでしょう。

このことをあらわすエピソードとして、好古の天皇観が述べられています。
好古は大正天皇がなぜ偉大であるかについて、大正天皇を一切神格化することはなく、その私生活のあり方や国民への接し方、その人間としての能力を説明して、人間として尊敬に値することを述べるとともに、国家という法治的システムにおける一役割として天皇の存在を捕らえています。

また、敗戦し小国となったデンマークがいかに新規ビジネスを奨励し、成功したかを個別具体的な数字を挙げて説明するとともに、北海道の今後のあり方についても同様に予測します。
「採算・利益を得られるか」はいかなるビジネスでも大前提であり、そこには緻密な数字に基づく青写真がなければなりません。そしてこの難しさは、数多のビジネスが立ち上がり失敗していく現代の経済社会を見ればよくわかるでしょう。

このようにビジネス視点で合理的に物事を見られるというのは、部下と国家の生死を預かる軍人として、実は重要な資質なのではないでしょうか。
「思えば太平洋戦争を起こした昭和の将軍と明治の将軍との間には、質的な差異があったようである」との本書の指摘は、よくうなずけるものです。

馬好古
学校到着は毎朝決まって始業20分前。
人々は好古の通勤姿を見て時計を合わせ直した。



「北中の生徒はよく奮戦した。その泥まみれの姿でよい!」

松山市内中等学校生徒と陸軍歩兵連隊の合同演習において、講評に立った連隊長(大佐が)北予中学の服や靴が泥まみれであるのを注意したところ、馬に乗った好古が一喝
連隊長は膝を震わせて押し黙ったとのことですが、軍隊のために国家を利用する風潮に対して、明確に線を引いていたことがわかるエピソード。
もし好古があと10年生きたなら、昭和史も違ったものになっていたかもしれません。



◎どんな本なの?

1コラムが見開き1ページに記載されており、新聞記事なだけあって軽快で、非常に読みやすい1冊です(ページ数も45ページ程度)。事実をもとに調べられた内容なので、小説とはまた一味違い、だからこそ面白かったりもします。
僕は愛媛に旅行して『秋山兄弟生誕地』をたずねたときに手に入れました。
近くの道後温泉も素晴らしいので、ぜひ足を伸ばしてみてください。

本書は現在は絶版となっているようですが、秋山好古の周辺人物について記載した『続・晩年の秋山好古』と併せて、『秋より高き 晩年の秋山好古と周辺の人々』として出版されているようなので、ぜひご一読あれ。



** 著者紹介 **
片上雅仁(かたかみ まさひと)1955~
愛媛の県立高校にて地理歴史・公民科目等の教鞭をとる。
平成12年より朝日新聞愛媛版短歌投稿欄「伊予短歌」選者、短歌同人誌『遊子』代表事務局。
(本書より)

Otoya


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歴史/人物 | 23:36:04 | トラックバック(1) | コメント(0)
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