■レビュージャンル
■テーマ別記事リンク
■管理人プロフィール

Otoya sing です.
地震の影響はありませんでした.
通常運営してまいります.

■最新記事
■カウンタ


当サイトではきれいなお姉さんを
全面的に支持します

■最新コメント
■最新トラックバック
■月別アーカイブ
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■QRコード

QR


ラ・フォル・ジュルネ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


関連するタグ
スポンサー広告 | --:--:--
【歴史/人物】 『沈黙のファイル:「瀬島龍三」とは何だったのか』
歴史とは腑に落ちないものです。
これほどの矛盾を感じる本も珍しいのではないでしょうか。



『沈黙のファイル:
     「瀬島龍三」とは何だったのか』

沈黙のファイル―「瀬島 龍三」とは何だったのか 新潮文庫
 共同通信社社会部編,新潮文庫,1999年
 ★★★

 <目次>
 1.戦後賠償のからくり
 2.参謀本部作戦課
 3.天皇の軍隊
 4.スターリンの虜囚たち
 5.よみがえる参謀たち








カリスマ青年将校として太平洋戦争の作戦立案に携わり、シベリア抑留後、財界にのし上がってバブル景気を謳歌した「瀬島龍三」
ドラマ『不毛地帯』の主人公・壱岐正中佐のモデルとなった人物です。
本書は、当事者や関係者へのインタビューを繰り返し、その姿を追ったものです。

※本書は瀬島龍三氏に批判的な内容です。
  以下の記載も偏った意見となっていることを踏まえてお読み下さい。



========


◎作戦参謀・瀬島龍三

本書で述べられる瀬島龍三は、陸軍で参謀として太平洋戦争の作戦を立てます。
ここでは簡単に、太平洋戦争までのその略歴を述べましょう。

1911年
1932年
1938年
1941年


1945年
富山に生まれる。(日露戦争勝利の6年後)
陸軍士官学校を次席で卒業、少尉に昇進。
陸軍大学校を首席で卒業、第4師団参謀。
大本営陸軍部第一部第二課作戦班班長補佐となり、マレー上陸作戦(※1)、ニューギニア作戦(※2)、インパール作戦(※3)、捷一号作戦、菊水作戦(※4)、対ソ連防衛戦などを含む、太平洋戦争における全ての陸軍作戦の指導にあたる。
太平洋戦争終結後、ソ連の捕虜となり、シベリア抑留。

ここで特筆すべきなのは、戦争勃発までの瀬島龍三の軌跡です。
官僚化し無能となった軍上層部を横目にしての、カリスマ青年将校・瀬島龍三の暗躍。
青年将校による勉強会の実情と、そこで築いた人脈。
本書はまずこれらを追います。

思わず、同じく青年将校により起こされた2・26事件や5・15事件を髣髴せざるを得ません。
これらはいずれも失敗しましたが、しかし瀬島龍三の勉強会は……


※1 マレー上陸戦 …戦争勃発時に日本軍が快進撃を演じたシンガポール攻略戦
※2 ニューギニア作戦 …上陸日本軍20万人のうち、戦闘と飢えで18万人が死んだ
※3 インパール作戦 …「大和魂があれば補給は不要」として兵を投入し、4割が戦死、5割が餓死
※4 菊水作戦 …大戦末期に実施された特攻作戦の1つ




◎不死鳥のように甦る

戦後の彼の立ち回りを見ると、まるであの太平洋戦争が人生の布石だったかのようにも思われます。まあそれはもちろん結果論に過ぎないですが。

瀬島龍三は戦後、ソ連の捕虜となりシベリアで強制労働に就きます。
107万人の日本兵が捕虜となり、うち34万人が死亡したシベリア抑留
瀬島龍三はそこでカリスマ性を発揮し、共産主義組織をつくり、狡猾に立ち回ります(※5)

「天皇制打倒! 日本共産党万歳!」

拳を突き上げそう叫んだ瀬島龍三は、1956年に日本に帰還。
そして彼の大立ち回りが始まるのです。


旧軍人は公職追放のため、職に就くことが難しいという実情がありました。
そこで使われたのが、旧陸海軍時代に築かれた強力なネットワーク。
もともと軍の中枢にいた瀬島龍三は、これを通じて政界・財界に強い人脈を作ります
1958年に大手商社・伊藤忠商事に入社し、10年後に専務、20年後には会長として君臨。
そして80年代には中曽根内閣のブレーンとしても活躍し、バブル期の日本を謳歌します。
死去は2007年9月、従三位を贈られました。


※5 本書ではソ連のスパイとして働いたという説も紹介。



◎敢えて言うならば誰なのか?

太平洋戦争は日本にとって凄惨な記憶となりました。
「誰が悪い」なんてこと、一概には言うことができないでしょう。
でも敢えて言うならば、誰なのか。一体何がいけなかったのか。

僕は子供の頃、昭和天皇が悪いと思っていました。戦争の大儀が皇国の名にあったからです。
でも実際を見ると、天皇はこの1000年というもの、実権を握ったことはありません。

次に考えたのは東条英機と軍首脳。彼らはその時、国のトップにありました。
とは言えいきなり彼らが戦争を始められるほど、国家・国民は単純なものではありません。
必ずそこに至までの、経緯があるはずなのです。

僕の結論はマスコミです。
日露戦争での勝利以来、国民世論は戦勝を謳歌し、マスコミはそれを高揚し、世論は帝国主義へと突き進み、無責任なマスコミはさらにそれを煽り……
そうして長い時間をかけて作られたイデオロギーの帰結が、あの戦争だったのではないでしょうか。



◎彼こそが矛盾であり昭和史である

しかし、マスコミは原因ではあっても、実行犯にはなりえません。
あの狭量で見識の乏しい戦争に日本を突入させ、実際に遂行していたのは誰なのか?
作戦参謀という軍中枢に身を置いた瀬島龍三を通して、本書は昭和という時代を回顧します。

本書は瀬島龍三に否定的な論調ですが、瀬島龍三は流れる時代のいつにおいても、できる限りの働きをしたし、シベリアでは生き残るために戦い、そして戦後は日本のために最大限の尽力をしました。
これは賞賛されるべきことだと思います。

一方で、彼の関わった無謀な作戦により数万人が犬死をしたと思うと、腑に落ちない想いは拭えません。こうした矛盾もまた、戦争の持つ悲劇性のひとつなのでしょうか。
考えさせられる1冊でした。



** 他にこの本を紹介しているサイトさん **
「niimiya blog 感想室」さん
「読書メーター」さん
「ハッピープラン」さん
  →他にも瀬島龍三関連の本をレビューしており、多面的な意見が伺えます
「でがらし的読書日記」さん
「播多人のひとり言」さん
  →かなり詳しく考察されています


** 太平洋戦争に戦った人々 **
.『大空のサムライ』(坂井三郎)
  →旧日本海軍の零戦パイロットで撃墜王の著者による回想録
『たった一人の30年戦争』(小野田寛郎)
  →終戦後30年にわたり終戦を信じず「戦争」を続けた著者の回想録

Otoya


テーマ:ブックレビュー - ジャンル:本・雑誌

関連するタグ Otoya 【一般書】 【歴史/人物】 【社会/政治】 共同通信社社会部
歴史/人物 | 16:07:39 | トラックバック(0) | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。