2010-06-05 Sat
誰も生き返りはしないのに、あなたには生き返って見える、騙し絵の不思議。

『ラッシュライフ』
伊坂幸太郎著,新潮文庫,2005年4月
★★★★
** あらすじ **
画家の志奈子は、強欲なる画商・戸田と新幹線で移動する。
プロの泥棒・黒澤は、ターゲットの家の下見を綿密に進める中で、同級生・佐々岡と再開する。
新興宗教の教祖に惹かれる河原崎は、幹部・塚本に崇拝する「神」を殺そうと持ちかけられる。
精神科医の京子は愛人であるサッカー選手の青山と、互いの結婚相手と別れることを共謀するが、その最中に人を轢き殺してしまう。
リストラされ家族も失った豊田は、野良犬とともに街を歩く。
街ではバラバラ殺人が起こり、動く死体のウワサが起こる。
そして彼らの「特別な1日」が始まる。
『シャッターアイランド』『騙し絵』とトリック作品のレビューが続いてますが、騙し絵と言えば思い浮かぶのが本作。『オーデュボンの祈り』、『魔王』に続いて、伊坂幸太郎作品のレビューです。
「ある1日」をまったく無関係の主人公たちが過ごすなかで、彼らはいくつかの出来事に遭遇し、しかし彼らにとってそれは「出来事」でしかないのかもしれません。
そんな彼らにとって見れば何気ない日々を、伊坂幸太郎は騙し絵のように映すことで、僕たちに「事件」を起こしてくれています。(まあ人が死んでる時点で「何気ない」は言い過ぎかもですが・・・)
街に流れる不穏なうわさの真相を知ることができるのは、彼らの世界を俯瞰する読者だけ。
読み終えたとき全てが1本の線で繋がる爽快な一冊! あなたにはそのロジックを見破れますか?
!このレビューはネタバレを含みます!

本書のテーマとなっているのが、単行本のカバー絵にも使われていたエッシャーの騙し絵。
そしてこの絵が表す通り、『ラッシュライフ』のおもしろさは2つの観点から説明できると思います。
それが「回転する系」と「静止する系」です。
◎神様のレシピに沿って歩き続ける、それが人生
エッシャーの騙し絵で、終わりなき階段を歩き続ける兵士たち。
彼らこそが人生を歩む主人公であり、彼ら一人一人にストーリーがあります。
読者は終始して、彼らの人生の中の「ある1日」を追うだけです。
それぞれの人生はそれぞれにまったく違ったもので、全然違う悩みを抱えながら、各々の目の前に立ちはだかる問題に向かっていきます。
そして4+1のエピソードがバラバラに進行する中で、少しずつ辻褄の合わない不協和音のような出来事が起きていくのが楽しいですね。この「謎」がエピソードをまたいで少しずつ膨らんでいくのが本書の魅力の1つです。
そして本書がまさにエッシャーなのは、兵士たちが並んで歩くがごとく、それぞれの人生がゆっくりと干渉しているところ。六次の隔たり(スモールワールド現象)をよく表してます。
現実の世界でもこうやってみんな繋がっていくんだなあと思うと、ちょっと不思議な気持ちになりました。
僕には友達がいて、友達は別の友達と今日飲んでいて、その友達は恋人との間に悩みを持っていて、その恋人はいま将来のことを悩んでいて、彼女と将来出会い親友になるはずの女性は今スーパーで夕食を買っていて、そのレジを打つ店員が毎日どんな風に人生を歩んでいるかを、僕は想像もすることができないけれど、でも確かに同じ時間に彼はこの世界を過ごしている・・・
と思うと、彼と出会えないことがもどかしくもあり、自分の人生をしっかり生きなきゃとも思います。
各エピソードの中では、やっぱり僕が好きだったのは泥棒の黒澤ですね~。
他の伊坂作品にも登場して人気の高い黒澤ですが、エピソードの境を超える様にして現れる黒澤のフットワークのよさが彼らしくて好きです。

◎歩き続ける兵士たちを眺める彼を見守る僕たち
「人生がリレーだったらいいと思わないか? 昨日は私たちが主役で、今日は私の妻が主役、その次は別の人間が主役。そんなふうに繋がっていけば面白いと思わないか。リレーのように続いていけばいいと思わないか? 人生は一瞬だが、永遠に続く」
このセリフは、本書のテーマのひとつ『歩き続ける兵士たち』を表していますが、一方でエッシャーの絵には、歩き続ける兵士たち以外にも登場人物が描かれています。
そのことについて作中では河原崎が言及しますが、「BLOG★いくちゃん★」さんの考察もおもしろいのでご紹介。
最後に河原崎が「エッシャーのだまし絵にいる膝を抱えて座っている兵士は僕だ」と言っていたが、
実はもうひとりこの絵には、城の上をひたすら歩く兵士を眺めている兵士がいる。
僕は、この「犬」こそがその兵士に思えてならない。
本書をおもしろくしてるのが、登場人物たちの人生(回転系)を定点から観測する人々(静止系)。
犬、街角に立つ外国人、宝くじ、コーヒーショップ…
これらのキーアイテムが、本書で伊坂幸太郎が僕たちに見せるイタズラの鍵になっています。
エピソードをまたいで出来事やアイテムが運ばれていくのを追っていくのも楽しいですね。
読者はと言えばさらにそれを観測する外部系なわけですが、すっかり騙されちゃいます。
それにしても驚かされるのは伊坂幸太郎の無駄のなさ。
すべてのエピソードが意味を持っていて、一言一句見逃せません。
** 著者紹介 **
伊坂幸太郎(いさか こうたろう) 1971~
東北大学法学部卒業後、SEとして働くかたわら文学賞に応募、2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。その後作家専業となり、エンターテインメント性豊かな作品を発表し若い世代を中心に支持を集めている。
作品間での舞台設定や登場人物、事件にリンクがあることが特徴。また、多くの作品について、在住の仙台を舞台にしている。
『重力ピエロ』『グラスホッパー』『死神の精度』等で直木賞候補となる。本屋大賞において唯一第1回から第4回まですべてにノミネートされ、第5回に『ゴールデンスランバー』で同賞を受賞。同作品で第21回山本周五郎賞も受賞。さらに直木賞候補にもなるが、これについては「執筆に専念する」としてノミネートを辞退。
(wikipediaより)
** この本を紹介しているサイトさん **
・「BLOG★いくちゃん★」さん
→エッシャーのだまし絵に関する考察が素晴らしいと思いました
・「紙飛行機ドットコム」さん
・「ひとりごとタイム。」さん
・「豊潤なネタバレ」さん
→時系列を追ってストーリーの詳細を解説しています。
・「ひらひら」さん
→こちらも時系列を追ってストーリーの詳細を解説しています。
・「かみさまの贈り物」さん
・「NOBODY:PLACE」さん
・「アナゴの穴」さん
** 伊坂幸太郎著作その他のレビュー **
・『オーデュボンの祈り』
・『魔王』
Otoya
関連するタグ Otoya 【小説】 【文芸書】 【推理/ミステリ】 伊坂幸太郎
画廊の社長、泥棒家業の男、宗教にのめりこんだ青年、不倫している女性カウンセラー、リストラされ家出した男・・・という、それぞれの主人公の五つの話を並走させ、ジグソーパズルのように全て繋がり完結するという不思議な手法の下に描かれた寓話。
この五つの話自体は
2010-06-08 Tue 08:15:37 | かみさまの贈りもの~読書日記~
2010-06-08 Tue 08:15:37 | かみさまの贈りもの~読書日記~