2011-04-22 Fri

『知財立県』
-埼玉県発、特許を活かす-
野口満著,工業調査会,2008年9月
★★★★
<目次>
1.特許流通と技術移転
2.埼玉県特許流通活動からのメッセージ
3.知財立県づくり
4.知財活用に成功した
エクセレント・アイピー・カンパニー
5.「ホンダの教え」に学ぶ
6.知的財産は人的財産
地方出身ゆえか、ついタイトルに惹かれて買ってしまいましたよ。
本書はホンダで顕職を歴任した著者が、定年後に知財アドバイザーとして埼玉で活動した記録。
2002年の知財立国政策の一環として特許流通事業というものが開始され、著者は中堅企業の多い埼玉にて活躍をされました。
ゼロから埼玉の特許流通事業を立ち上げ、地道に足を使っての活動はなかなか真似できるものじゃないです。知財ってやっぱ泥臭いなーと思いつつ、人と人の繋がりがまた醍醐味であることも思わせてくれた一冊です。
(知的財産てなんだ? という方はこちらからどうぞ)

◎特許流通ってなんだ?
特許流通とは、特許等の知的財産権のある技術を、他の企業に対して権利譲渡契約・実施許諾契約を結んで移転するもの。国内の98%を占める中小企業では稀とのことです。
特許流通促進事業はこのような中小企業に対して国と自治体が支援するもので、国の産業競争力の底上げを目的とします。
具体的には、特許流通アドバイザーを各自治体・大学に派遣。彼らは特許情報をデータベース化して、国内や世界に紹介して技術移転機会を増やし、また契約締結のための仲介をします。
要するに、「うちの会社にこんな技術があればなあ」という人と、「こんなアイディアがあるけど誰か事業化してくれないかな」という人を、見つけ出して手を結ばせるわけですね。
著者の「埼玉の主婦のアイディアが、北海道の事業家の苦心を解決する」って喩えが言い得て妙。
特許流通事業は1997年の開始から2007年までに一万件の制約実績があり、国の投資額286億円に対して経済効果は2400億円。(しかも大企業はわずか3%)
本書は、この事業に参加した著者の活動の記録です。
◎この人ホントに定年後? ってくらい走ってます
本書の中で、著者はひたすら走る。
東西と南北に広く分布する埼玉県中の中小企業を毎日のように周り、宣伝広告を自分で作り、各地で公演し、その都度パイプを作り、取材を受けて、「特許流通事業」を認知させていく。
これらの地道な努力のために、やがて各地の情報や依頼が著者の下に集まり、契約の成約件数も指数関数的に伸びていきます。
こうした人のつながりを造ることが、知財だけでなく「仕事」ということの根本にあると、つくづく勉強になりました。「企業は人というが、役所も人であり、人脈形成こそが事業成功の道」とは著者の言葉ですが、それを自分の足で難なくやってのける様は読んでいてすごかったです。
事業の初期に著者は「特許技術活用ガイドブックP File 2001」というものを創ります。
これは埼玉県下の大学・研究所の有用特許集で、これを使って技術を売り込んでいくのですが、目的のためのこうした創造的活動をさっとやれてしまうのも大事なスキルですね。
◎なぜ技術流通でなく「特許」技術流通なのか?
本書には「特許は使って価値がある!」「知財活用」という言葉が出てきますが、僕は最後までこの本の中から特許権が「活用」される場面を見つけることができませんでした。
というのは、「特許権の活用」というのはあくまで競合の事業を停止させ、あるいはお金を得ることだと僕は思っていて、その意味の活用に触れられていなかったからです。
ただこれはあくまで言葉の定義の問題。
特許権を活用するのではなく、特許制度を活用したのだと思えば納得です。
つまり特許流通事業とは、特許権の独占機能としての攻撃・抑止(いわゆる差止請求権)ではなく、第三者への公示機能をうまく使ったものなんですね。
特許明細書には「特許請求の範囲」が明記されていて、権利範囲が可視化されているのでライセンス範囲が明確です。こうして技術が権利としてユニット化され、かつ権利として護られていることで、権利者は盗まれる恐れなくアイディアを出展できますし、探す方も簡単です。
また、特許は出願から1年半で特許公報として開示されますが、公報には各種のインデックス(Fターム)が付されるので、技術テーマ単位での高い検索性を有します。するとあとは著者のようなアドバイザーがコーディネートするだけで、シーズをニーズと結びつけることができるんですね。
こうした「特許の公開」の強みに気付かされたのは発見でした。
攻撃してお金を取ることだけが全てではないということです。
◎「スイミー」で言えば主人公スイミー
著者は巻中で、日本の知財戦略の第一人者・馬場錬成氏からの言葉を引用します。
「知的財産は、企業の総合判断力である。そのために、人材や資源の限られた中小企業においては、埼玉知財センターなど他人の力を借りることで、プレゼンスの向上を図って欲しい」
知財部門とは技術情報が集積される場所。
「こういう技術ないですか?」と問われて探すのも知財部門だし、全体を見渡して重複がないか、重点はどこかと探すのも仕事。
この一環として、県の施策としての技術ブランド化が挙げられていました。
例えば「金沢の刃物」じゃないけど、技術が(地理的に)集積されたり、著名になることで、様々な相乗効果が生まれることは確かだと思います。
その後埼玉県の技術ブランドがどう確立されたかはわからないけど、県として特色を持たせるのは重要だし、そのために県の知財部門が働くというのは、ユニークだけど期待の持てる取り組みだと思いました。
うちの県でもやらないのかな…。
「知財立県」とは衝撃的なタイトルですが、著者の仕事ぶりを読むだけでもエネルギーがもらえます。また、埼玉県下の中小企業も多数紹介されており、日本の産業の姿の一端を垣間見ることができるでしょう。
一読をおススメできる一冊です。
** 著者紹介 **
野口満(のぐち みつる)
東京理科大学理学部を卒業後、本田技術研究所材料研究ブロックに開発。その後自動車材料研究の統括、和光基礎技術研究所所長、エグゼクティブ・チーフ・エンジニアを歴任。
定年退職後には日本テクノマートより埼玉県に派遣され、特許流通アドバイザーとして埼玉県の特許流通事業を立ち上げる。
知的財産総合支援センター埼玉の知的財産アドバイザー、埼玉県祖産業技術総合センター外部評価委員、発明教会知的財産コンサルタント、技術経営アドバイザー。
(本書・著者略歴より)
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・「賢者タイム」についての知財法による保護可能性の検討(コラム)
・『特許と技術標準』
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