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【歴史】 『逆説の日本史・古代黎明編』
A.D.248年9月5日、皆既

その日ひとつの神話が生まれた。




『逆説の日本史・古代黎明編』
井沢元彦著,小学館,1998年1月
★★★★

逆説の日本史〈1〉古代黎明編―封印された「倭」の謎 (小学館文庫)
 <目次>
 序.日本の歴史学の三大欠陥
 1.古代日本列島人編
    ―日本はどうして「倭」と呼ばれたのか
 2.大国主命編
    ―「わ」の精神で解く出雲神話の“真実”
 3.卑弥呼編
    ―女王殺害と紀元二四八年の重大事件
 4.神功皇后編
    ―邪馬台国東遷説を裏付ける
      宇佐神宮の礼節作法
 5.天皇陵と朝鮮半島編
    ―日本人のルーツと天皇家の起源





いよいよ明日は皆既日蝕ですね。東京でも75%のものが見れるようです。
なんでも、ピンホール現象で三日月(三日太陽?)の木漏れ日が見れるとか。
僕も有給をいただきまして、どこか公園にでも行こうかと思っています。

ということで今回は乱世特集の番外編です。皆既日蝕にまつわる本を1冊ご紹介。
本書では、推理小説家である著者が、大胆な推理で日本史の一大事件を解き明かします。
(乱世特集はこちらからどうぞ)


========


◎どんだけ自虐的な名前なの??

3世紀の日本と言えば古代にあたるわけですが、思い出すのは邪馬台国。
小学校でも習った魏志倭人伝によれば、現在日本列島とされる地域は当時「倭」と呼ばれ、数ある国邑のひとつ「邪馬壹国」を、「卑弥呼」なる女王が治めていたそうです。

へえーなるへそ!
とここで終わってはいけません。

倭、邪、卑などの悪意ある字が用いられていますが、これらは古代中国人が勝手につけたもの。
では、古代中国語で上記のように表記されたコトバは、当時の日本人によりどのように発音されていたのでしょうか?
著者はこれについて以下のように推理します(※)

倭 → ワ → 環

当時の人々は環状集落で暮らしていました。たぶん環(輪)は「村(邑)」くらいの意味で、やってきた中国人がここはどこ? と訊いたとき、「俺たちの環(村)だよ」くらいに答えたのが由来では。

そしてまた、環は和にも通じます。これは英語のCircleでも同様ですね。
環というひとつの閉ざされた社会で培われた精神が、やがて「和」という思想としても成立したのではないでしょうか? そこに同じ読みがあてられている点で、当時の日本人にとって環と和は同じ概念だったのではないでしょうか。


そして「邪馬壹国」です。
この発音は今となってはわかりませんが(著者は「ヤマト」と主張)、この「邪馬壹」こそが、当時の魏人が訪れた環(村)の固有名詞だったのではないでしょうか。

ちなみにその後、畿内に「大和」と表記された政権が成立します。
これは邑の意味を持つ「ワ(環、和)」がたくさん集まった大きなワ、という意味でそのように表記され、そして「ヤマト」なる発音はそれより過去にあったいずれかのワの固有名詞を引き継いだのでは、とも僕は考えます。



◎ギリシャのアポロン、エジプトのラー、そして…

さて、それでは「卑弥呼」はどのように発音するのでしょうか?
正直に読めば「ヒミコ」ですが、これに漢字を当てると「日巫女」とも読めますね。
魏志倭人伝に「卑弥呼は鬼道に通じた」と述べられており、シャーマンの一種だったと考えられます。ここで太陽の巫女といえば、日本神話には太陽の神様が登場するのをご存知でしょうか。
それが、「岩戸隠れ」のエピソードで有名な天照大神

イザナギの目から生まれた天照大神は、イザナギに高天原(天上界)を治めるように指示さる。ここで、弟であり海原を統べるスサノオが高天原に現れ居座ると、天照大神は天岩戸に隠れてしまった。これにより世は闇になり、様々な災いが生じた。


さて、太陽を祭っていた卑弥呼ですが、その死は西暦248年とされています(※)
魏志倭人伝には具体的な年の記載はなく、ただ「巨大な塚が造られ100余人の奴婢が徇葬された」とだけあります。
この248年が実は、天文学により皆既日蝕があったとされている年なのです(※)
信仰の対象であり、生命の象徴でもある太陽の存在が失われたことは、当時の人々に対して大きな衝撃を与えました。
その責任は、太陽を祭ることを職務とし、太陽をアイデンティティとした“日巫女”へと向けられます。
ひと時であれ太陽が失われたのは、彼女の力が弱まったせいである。そのことから卑弥呼は殺されたのでは、というのが著者の推論です。
そしてさらに、この事件こそが神話で言う「岩戸隠れ」として現在に伝えられているのでは、とも推理します。

卑弥呼(日巫女)=太陽神・天照大神

この図式について、著者はその後も多方面から論証を重ねます。
卑弥呼の後継者トヨと現在も残る地名、出雲大社に封印された意外な人物、そしてそこから解き明かされる古代の事件…。
ヒントはあらゆるところに隠されているのです。



◎太陽の国

本書を第1巻とした『逆説の日本史』シリーズは時代を下りながらすでに十数冊が刊行されていますが、著者は一貫して史料至上主義・権威主義への反対、呪術的側面の重視を謳います。
僕は史料は重視すべきだと思うのですが、権威主義への反対と、日本史に対する呪術的側面への注目には賛成です。

一方で、ちょっと論理とは思えない記述もまま見受けられるのが惜しいです。
定義が不十分というか、自分の都合のいいように定義して結論ありきで話を進めようとしているので、土台がぐらついているように感じられるんですよね。
これについては注意が必要です。


それでも本書にはロマンがあって、読んでいて夢中になれるので紹介しました。
古代に実際に起きた事件が、今も神話の形で伝えられているとしたら。
あるいは今ある神話や御伽噺が、かつてあった人々の人生をこっそりと現代に、そして未来に伝えているのだとしたら、おもしろいじゃないですか。

いつか僕は、日本は何で日本と言うんだろうと思ったことがあったんです。
僕たちは「日本」という国名を何気なく使っていますが、ここに込められた「太陽」の思いは、意外にも日本の歴史が記録される以前から、この列島に住んだ人々の文化に織り込まれていたようですね。

そんなことを考えながら、明日の日蝕を見てみるのもいいのではないでしょうか。


※いずれも議論の分かれるところ


** 著者紹介 **
井沢元彦(いざわ もとひこ)1954~
TBS報道記者時代の『猿丸幻視行』で江戸川乱歩章受賞、退社後作家活動に専念する。歴史上の謎を題材に現代の殺人を絡めた「歴史ミステリ」の分野で多数の作品を発表。また、時代小説やファンタジーなども手がける。
1992年から『逆説の日本史』を中心に独特の歴史推理を展開。日本の歴史と社会を「和・言霊・怨霊・穢れ」への無意識信仰という特徴から観察し、「歴史学会の権威主義・「史料至上主義・呪術的側面の無視軽視」を徹底的に指摘・批判するというスタイルを取る。
(Wikipediaより)



** この本を紹介しているサイトさん **
「タジタジ☆マハル」さん
「Journal of My Life」さん
「はるはるのワルツ 主婦でもひとり旅」さん
  →本書の論点のひとつである出雲大社について書かれています
「『ぷろめ』から『職人目』へ」さん
「ごりやくあるかな?(広島宮物語)」さん
「一言居士!スペードのAの放埓手記」さん


** この本に真っ向から反論しているサイトさん **
「新しい歴史教科書(古代史)研究会」さん
「忠臣蔵会館」さん
「スズメ♂のnamida&ゴマメのhagishiri 」さん
「Sa-Naquba-Imuru」さん
Otoya


テーマ:ブックレビュー - ジャンル:本・雑誌

関連するタグ Otoya 【一般書】 【歴史/人物】 【推理/ミステリ】 【神様】 井沢元彦
歴史/人物 | 01:56:32 | トラックバック(1) | コメント(0)
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2009-07-21 Tue 10:16:30 | 一言居士!スペードのAの放埓手記

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