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【ミステリ】 『フランケンシュタイン』
「この死はやつに絶望をもたらすだろう、
そしてまだ千もの不幸がやつを苦しめ、滅ぼすのだ」


 フランケンシュタイン
      あるいは現代のプロメテウス』

   英題
    『Frankenstein: or The Modern Prometheus』

   メアリー・シェリー 1831年

   森下弓子 訳 1984年

   創元推理文庫

   ★★★★








<あらすじ>
11月の雨もわびしい夜、消えかかる蝋燭の薄明かりの下でそれは誕生した。
解剖室などから各器官を寄せ集め、継ぎ接ぎされた身体、
血管や筋の一つ一つが透けて見える黄色い皮膚、そして茶色く潤んだ目。
若き天才科学者フランケンシュタインが、生命の真理を究めて作り上げたもの。
無生物に生を与える実験の、あまりに醜悪な結果に、彼はこの生き物を見捨てて
逃げ去るのだが…。
(本書より)


◇怪物

まずは、よくある誤解を解くことから。
“フランケンシュタイン”とは怪物を作り出した天才科学者のこと。
そして“怪物”(無名)は、深い知性と崇高な奉仕の精神、
他人との共感を求める感情を持つ、あまりにも人間らしい生き物です。
狂暴な野獣のようなイメージあるかもしれませんが、それは外見だけです。
かの寺田克也氏の表紙イラストをトップに貼っといて今更感がありますが。

それにしても寺田氏を本作の表紙イラストに起用した東京創元社、グッジョブです!


怪物はその外見のため人間に恐怖され一方的に迫害されます。
“怪物”に限ったことではなく、謂われのない暴力を受ければ、悲しみと怒りの感情が湧いて当然。
その矛先は、“怪物”の創造主でありながら怪物への恐怖で逃亡した
科学者ヴィクター・フランケンシュタインに向けられます。

“怪物”が一人孤独と戦っているとき、ヴィクターは幼馴染みと結婚し幸せな家庭を築こうとしていました。
怪物にしてみればヴィクターは親同然。
親が子を捨てて幸せにしていれば、子は親に憎しみを抱きます。
その時の怪物の悲しみ、憎しみはいかばかりだったでしょう。

“怪物”が人間に復讐を誓うのも時間の問題ということです。
“怪物”は、ただただ暴れ回っていたわけでは無いのです。

いわゆるホラーものとして扱われる本作ですが、“怪物”の行動は人間の心を持ったが故の
結果であることがわかると、絶望と悲しみの文学作品と読むことができます。
というか今回はこの読み方で書評を書かせて頂きました。



◇スパイラル

本作はその後の小説、映画などあらゆる分野に計り知れない影響を与えています。

”自らが生み出したものが人類に危機を与える怪物だったとき、どうするか?”

そのときによく組み合わさる要素が、外見と内面のとんでもないギャップ
数え切れないほど作品を挙げることができますが、有名どころでは、
浦沢直樹の名を一流漫画家に押し上げた代表作『MONSTER』なんかも同じテーマでした。
まぁ、私は真っ先に『エンジェル伝説』の北野誠一郎を思い浮かべましたが。

余談ですが、浦沢氏は本作の影響をかなり受けていると私は考えています。
『MONSTER』で怪物の誕生は生後の環境と教育の結果でした。
一方『PLUTO』ではロボットを目覚めさせるために生まれながらの性質として負の感情を注入しました。
この作品間の対比を意識するとまた別の読み方ができて面白いのではないかと思っています。

私の好きなミステリー作家・城平京の代表作『スパイラル』シリーズも本作の影響を強く受けています。
というより、こちらはあえて本作を下敷きにしているそうです。
“怪物”とヴィクター博士の関係、“怪物”の子供、そして孤独。
こちらも元ネタとオリジナルのアイデアを、ストーリー面でも推理面でも
見事に融合させてミステリーとして昇華させています。
いずれ詳しく紹介しますが、『フランケンシュタイン』が気に入った方はこちらもオススメです。



◇絶望と孤独

物語序盤から気になってたんですが、ヴィクター博士、アナタ身勝手すぎやしませんか?
自分が作ったものが怖かったから逃げ出すって……身体を張ったノリツッコミですか。

ヴィクターは“怪物”による苦悩を誰にも相談できません。
“怪物”は人間の目に付くところには現れない、つまり誰も“怪物”を見たことが無いわけです。
とすると、ヴィクター以外の人にとっては“怪物”はいないも同然。

“怪物”の孤独とヴィクターの孤独。
それぞれが至極正当な主張をしていますが、私は“怪物”に理があると判断します。
ヴィクターは作ったものに対して責任を負うべきだろう、と思うわけです。
“怪物”の主張が叶えば、“怪物”にささやかな幸せと、全人類に絶望が訪れますが。

絶望と孤独、どちらを選ぶか。非常に難しいテーマですね。

が、ヴィクターにあまり同情する気がわかないので、
彼には茨の道を選んでもらいたい気がしてしまいました。



ホラーとしては、本作に影響を受けた作品が氾濫している現代の感覚からいえば、そこまで怖くないです。
ただ、影響力の強さはさすが古典の傑作。充分すぎるくらい、とても面白い作品です。
1度読んでみると、他の本に対する見方も変わるかもしれませんね。


** 著者紹介 **
Mary Wollstonecraft Godwin Shelley
1797年8月30日、イギリス生まれの小説家。1816年5月、ジュネーヴ湖畔のディオダティ荘で、知人と一人一作ずつ小説を書いてみようと提案があがった。このときに著者が書いたのが本作。他に、ジョン・ポリドリが『吸血鬼』(ジョージ・ゴードン・バイロン原案)を書いたことで、この会は“ディオダディ荘の怪奇談義”と呼ばれる。著者は「SFの先駆者」と呼ばれることもある。1851年2月1日没。代表作『最後の人間』など。


** この本を紹介しているサイトさん **
・「本の山。」さん
・「そこに魂はあるのか?」さん


これも貼っておきます。なんとなく。

sing

テーマ:ブックレビュー - ジャンル:本・雑誌

関連するタグ sing 【小説】 【推理/ミステリ】 【ホラー】 メアリー・シェリー 【文芸書】
推理/ミステリ | 16:44:35 | トラックバック(0) | コメント(0)
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